カテゴリー「TV」の48件の投稿

シルシルミシル

lovelyテレビ朝日のシルシルミシルで「お菓子の家」を作っていました。

すぐ調べる課の質問で

「おとぎ話に出てくるお菓子の家って作れますか?」

その答えは

「作れる。」でした。

でも人が入れるサイズは大変!

基礎の骨組みだけはお菓子で作れないので、本物の家の素材とお菓子を組合わせて明治製菓のチョコレートやお菓子を使い凄い物が出来ました。

http://www.tv-asahi.co.jp/shirushiru/sunday.html

幼児20人が入れる大きな実際食べれるお菓子の家を製作して下さった高木康裕シェフ、ご苦労様でした。大変だったでしょうね。

アントレの高木シェフのお店はこちら

http://www.cakechef.info/shop/entree/index.html

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ためしてガッテン!

30分でできるガッテン流カステイラの作り方(2010年7月21日放送)

長崎歴史グルメ紀行・・・福山竜馬が出題!

http://cgi4.nhk.or.jp/gatten/recipe/recipe.cgi?r_id=R20100721_01

○材料
・卵…6個(卵黄と卵白にわけておく)
・砂糖…200g
・水…30ml
・はちみつ…30g
・薄力粉…150g(ふるいに一度かけておく)
○作り方
(1)卵白に砂糖を半分(100g)入れて泡立てる
  ※目安は角が少し立つ程度
(2)卵黄に水・はちみつ・残りの砂糖(100g)を加えて混ぜ合わせる
(3)(2)に(1)の卵白を3回に分けて入れ、よく混ぜる
(4)(3)に薄力粉を3回に分けてよく混ぜる
(5)鉄板にクッキングシートをひいたものに、(4)を流し入れたら
   ゴムベラで軽くなじませる
  ※鉄板をトントンと3度ほど落とすと、生地が均等になる
(6)180度に予熱したオーブンで20分ほど焼く
(7)型から出して冷まして完成

現代と当時のカステラの違いは?

「長崎カステラ誕生秘話」から・・・

坂本龍馬が長崎で結成した海援隊。なんと彼らの日誌に
カステラのレシピが書き残されていました。
そのレシピを忠実に再現した「幕末カステラ」を老舗の
カステラ屋さんに作ってもらいました。そのお味はというと・・・

素朴なおいしさですが、何かが足りない。
しっとり感が少ないのです。一体どうしてなのでしょう?
その疑問を解決するために、カステラ工場へ行ってみると、
レシピが幕末とは変わっていたのです。
まず、砂糖と卵の量が増えていました。
そして、一番のポイントは、「水あめ」が加えられていたのです。
明治時代、日本人の職人が入れたもの。
西洋から入ってきたカステラに、日本の知恵が加わって
しっとり極上の長崎カステラが誕生したのです。

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坂本龍馬とカステラ

幕末の時代に龍馬達がカステラを焼いたという事実は本当の様です。

http://www9.nhk.or.jp/ryomaden/

↑きょうの料理3分間クッキング編、イケメン幕末武士たちがパティシエ修行?!

「龍馬伝カステイラ作り」

卵を分けて白身を泡立て、(メレンゲ作り)

茶筅の大きな道具で混ぜて、

卵黄と砂糖を混ぜて、

「かき混ぜてばかりじゃー」

うどん粉を加え・・・

かまどで焼き上げます。

線香で時間を計り、

やっと出来上がり!

皆で試食。

龍馬が一言「これは・・・いかんぜよ。」

パサパサのカステラ・・・

昔は大変だったカステラ作り。

ハチミツも水あめも無いから、パサパサになってしまった。

文明堂の海援隊カステラ。

京都国立博物館所蔵の「雄魂姓名録(ゆうこんせいめいろく)」という、いわゆる海援隊日記帳の中にカステラのレシピが残っていました。
このレシピを忠実に守ることを基本として、長年に渉るカステラ作りの技術を生かし、試行錯誤を重ねながら作り上げました。
現在のカステラと比べ、しっとり感は少ないが、卵の香りと砂糖の甘さが素朴な味わいを引き立たせています。

こちらが当時のレシピです。

玉子(卵)=百目(ひゃくもんめ)
うどん(小麦粉)=七十目(ななじゅうもんめ)
さとふ(砂糖)=百目(ひゃくもんめ)
これらを合わせて焼くなり。

以前書いた記事「幕末のカステイラ」NHKのタイムスクープハンターから

↓長崎市亀山社中記念館

http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/kameyama/

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コーンスターチ

龍馬伝にコーンスターチが使われているって知っていますか?

そういえば・・・

岩崎弥太郎家の砂埃とか、道場がほこり?

白っぽかったですよね。

福山雅治さんもコーンスターチをかぶったそうです。試写会の会見から

http://www9.nhk.or.jp/ryomaden/topics/08_interview/02.html

夏のドラマナビからインタビュー

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一休さん

「この橋渡るべからず。」

と書かれていて、堂々と真ん中を渡った一休さん。

ところで、この橋・・・

Eihouji03

渡っても大丈夫でしょうか?

立て札に、何か書いてあります。

「はしは・・・」良く読めないhappy02

端じゃなければ大丈夫?

NHKの歴史秘話ヒストリアから

子どもから大人まで、誰もが知っている「とんちの一休さん」。このモデルとなった室町時代の禅僧・一休宗純がブレイクしたのは、死後200年ほど経ったころ。茶の湯の掛け軸に、一休の「書」を用いることが流行したのがきっかけでした。一休の活躍を描いた「一休ばなし」が出版されるとたちまちベストセラーに・・・。明治時代には「講談」の演目となり人々の間で人気を博し、そして現代、絵本やテレビアニメの大ヒットで国民的アイドルに・・・。500年間語り継がれてきた一休人気の秘密を探ります。

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プロフェッショナル 仕事の流儀

プロフェッショナル 仕事の流儀

人気パティシエ(菓子職人)・杉野英実。感動と喜びを与える菓子は、手を抜かない地道な作業の積み重ねと、日々の「進歩」に裏づけされている。

「あたり前のことが一番むずかしい」――華やかな菓子に秘められた厳しい舞台裏に迫る。(2006年1月24日放送)

取材ドキュメントVTRとインタビューで、その道のプロの“仕事”に迫るドキュメンタリーシリーズの一編。人気パティシエ・杉野英実の感動と喜びを与える仕事ぶりに密着。

彼の人気の裏側に日々の地道な作業と、努力を惜しまない姿が垣間見れる。

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龍馬伝

「お前、龍馬にきんつばを食わせたな!?」 と千葉重太郎(渡辺いっけい)さんが好物の金つばを坂本竜馬(福山雅治)さんに食べられたと思い、妹佐那さんに言った一言。

龍馬伝に登場した和菓子。

『金つば』

江戸時代から食べられていたんですね。

http://www9.nhk.or.jp/ryomaden/

「金つばは俺の大好物だ」

と兄、重太郎さん

「家には食べる人がいませんから・・・」と言った

佐那さんこそ嘘つきですね。

さて今後の・・・

佐那(貫地谷しほり)さんの恋の行方は?

それから別の話で

金平糖の作り方を誤解していた坂本竜馬

歴史上の人物と和菓子・・・(株)とらやHPから

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歴史秘話ヒストリア

ドイツのお菓子、バームクーヘンの歴史について。木のお菓子と言う意味のバームク―へン、本物は角がある形。今、見慣れている丸い木の年輪とはずいぶん違いますね。

バウムクーヘンと発音した方がドイツ語に近いそうです。

http://www.juchheim.co.jp/

歴史秘話ヒストリアから

↑日本で初めてバウムクーヘンが焼かれる背景には、第一次世界大戦がありました。
1886年、ドイツ中部ライン川沿いの町で、ビール職人の家に生まれたカール。22歳、菓子職人として一旗揚げようと、当時、ドイツの租借地だった中国・青島へと旅立ちます。しかし、1914年、第一次大戦勃発。青島を日本軍が占領し、カールは、妻とそのお腹にいる子供を残し、捕虜として大阪、そして広島へ…。しかし、思わぬ転機が訪れます。広島市物産陳列館(後の原爆ドーム)で行われたドイツ捕虜の作品展示即売会。仲間に促され焼いたバウムクーヘンが意外にも日本人に受け、カールは終戦後も日本で闘うことを決意します。

カール・ユーハイム氏の言葉「俺にとっては菓子は神」

カール・ユーハイム物語―菓子は神さま (1973年)

ユーハイム物語 (1964年) 人間その気になれば―ユーハイムの年輪

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戦争が終わった時、日本には捕虜として捕らえられたドイツ人が5000人もいました。その1人がユーハイムを創設したカール・ユーハイム氏です。カール・ユーハイム氏によれば「大部分は本国帰還を希望しているが、意外にも日本に残る意思を持つものが多い。1/3くらいが東洋に残る決心をしていて、支那語や日本語を勉強していた」のだそうです。
 戦後、ユーハイム氏は銀座のユーロップで働き始め、捕虜仲間だったウォルシケ氏も同店でソーセージを作りました。この時、日本滞在を選択したドイツ人の中に、パンやソーセージのお店を始めた人もいました。彼らの会社は現在も名店として日本人に親しまれています。
 銀座ユーロップで働き始めたユーハイム氏のもとには「タカハシ・ベカ」なる人物がいました。このタカハシ・ベカとは高橋三郎氏です。社団法人日本洋菓子協会連合会の前身、日本洋菓技術協会創設以来の業界の重鎮であり、「日本洋菓子史」にもしばしば登場する高橋三郎氏はカール・ユーハイム氏に直接教えを受けた1人でした。

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ウェルかめ

亀のバースデーケーキ。

http://www.nhk.or.jp/drama-blog/99110/

↑スタッフブログから

ホテルN~O~谷のパティシエ鹿児島さん製作ケーキ。すべて亀のデザインになっています。

最近の「ウェルかめ」ではフランス人お遍路さんカトリーヌにお父さんがフランス語を習う事に・・・

http://www3.nhk.or.jp/asadora/welkame/index.html

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世界ふしぎ発見!

世界ふしぎ発見!・・・今回の舞台はフランス、世界遺産モンサンミッシェル

Montstmichel01

フランスの世界遺産には、その土地独自の歴史と文化が秘められた美しいふしぎが残っているという。フランスで一番長い川、ロワールをさかのぼりながら、フランスを人気の三つの世界遺産を巡る。
 まずは海のピラミッドともたたえられるモン・サン・ミッシェル。1300年前に大天使ミカエルの教えに従って礼拝堂が建てられ、10世紀には修道院が創設された。
 祈りや修行の妨げにならないように、あえて干潮のときにだけ出入りできる島に作られた。ところでモン・サン・ミッシェルがそびえる湾ではカキの養殖が盛んだが、実はこのカキは日本の松島から送られたマガキだという。はたしてそのお味は。

MBS番組情報から

Montstmichel02

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