レオナール・フジタ
松坂屋でレオナール・フジタ展が開催されていました。
藤田嗣治をご存じない方が日本には多いのですが、フランスでは結構人気です。パリではモジリアーニとも友達。
先日出かけたモンサンミッシェルのレストランで藤田が伝票に書いた猫の絵が引き伸ばされて額に入っていました。
ランスの「平和の聖母礼拝堂」フレスコ画で描かれた壁画が有名です。
東京美術学校を卒業後フランスに渡ったフジタは、研究を重ね、1920年代、透き通るほどに白く温かみのある肌を描き出し、「素晴らしき乳白色の地」の画家としてパリ画壇の話題をさらい、時代の寵児となります。渡仏後二度目の帰国となった1933(昭和8)年から、フジタは日本の様々な企業に依頼され多くの大作壁画を制作しました。
「日本人でありながらフランス人としてその生涯を閉じた画家」
1992年、フランス・オルリー空港近くの倉庫で発見された、縦横3メートルの大作4点「構図」と「争闘」。それらは一部が1929年に日本で公開されたものの、その後所在が不明になっていた藤田嗣治の「幻の作品」でした。この4点はフジタが晩年を過ごしたアトリエの建物とともにエソンヌ県の所蔵となり、フランス第一級の修復チームにより6年の歳月をかけて本格的な修復が行われました。この幻の大作4点を世界で初めて一堂に公開した展覧会「没後40年 レオナール・フジタ展」が2008年夏から札幌を皮切りに全国5カ所を巡回し、延べ30万人を超える動員となりました。
本展は「没後40年 レオナール・フジタ展」に引き続き、全国のファンを魅了したエソンヌ県議会所蔵の幻の大作4点と、画家の終の棲家となったアトリエでの生活、最晩年の宗教画を紹介し、フジタの画業とその実像に迫ります。幻の大作を制作した後の1930年代、日本で過ごしていた藤田は群像表現の探求に没頭し、日本の風土、文化や嗜好に合わせた多彩な壁画を制作しました。これらの壁画は今までまとまって紹介されることがなく、美術ファンにとっても目にする機会がほとんどありませんでした。
本展ではこれらフランスと日本で描かれた貴重な大作にスポットを当て、今もエソンヌ県に残るアトリエの再現、全身全霊をかけた「平和の聖母礼拝堂」(シャペル・フジタ)のための習作、資料など多種多様な作品を展覧します。
青い日記帳から
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