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寒天

和菓子でよく使用される寒天ですが、最近では洋菓子にも使われるようになってきました。伊那食品工業株式会社の「ル・カンテンウルトラ」なめらかな食感で、ゼラチンでもペクチンでも、従来の寒天でもない新しい食感の低ゼリー強度寒天です。チョコレートのようなとろ~りとした食感。冷凍・解凍しても離水が起こりにくく、夏の気温でもダレにくい洋菓子用ソフト寒天です。

Kanten01 Madameh01

イナゲル(寒天製剤)から新時代の菓子素材「露草」が発売されました。葛食感の和風素材です。

http://www.kantenpp.co.jp/index.html

寒天について

寒天(agar-agar)とは紅藻類に存在する粘性物質を熱水抽出し、水分を除去した乾物のことである。カラギナンも紅藻類海藻から抽出されるが種が異なっている。

 寒天製造の歴史は古く、約350年前に遡る。天草類を煮て得た液を固めてトコロテンとして食用にしたのは、さらに昔の平安朝の時代であったと記されているが、干物状の寒天が発明されたのは徳川4代将軍家綱の時代である。ある冬のこと、山城国伏見(京都)の美濃屋太郎左衛門方で、参勤交代の途にある薩摩藩主島津公の御休泊の栄に浴したことがあった。同家は各種の品々で饗応をなしたが、その中に天草を煮てつくったトコロテン料理があった。その際残ったトコロテンを庭に捨ておいたところ厳寒期のため、これが凍結し、日中自然に融解し、乾操し白い美しい乾物となった。

 太郎左衛門は不思議に思いこれを煮てみると元のトコロテンになることを発見し、種々研究の結果 寒天の製造を確立したと伝えられる。その後摂津(大阪)の住人宮田半兵衛が更に製法の改良を行い、大阪、京都、兵庫の山間部へと広がっていった。

 信州に於ける角寒天製造の始まりは、天保年間と伝えられ、小林粂佐衛門の功績が伝えられている。

 第二次世界大戦前、寒天は我が国特有の重要な輸出水産物であって、その用途に細菌培地があることから、戦中寒天の輸出が戦略的意味合いから禁止された。困った諸外国は自力による寒天の製造を試み、気象条件の異なる諸外国は天然の寒さに頼らない工業的製法の粉末寒天の製法を編み出した。

 これが粉末寒天の始まりで、我が国においても昭和21年頃より研究が行われ、次第に工場が増加し、昭和45年頃には35社の多きを数えるようになった。しかし、原料の入手難や、製造技術の未熟さから多くの企業が廃業や倒産に追い込まれ現存しているメーカーは僅か7社のみである。

 一方、海外での生産国は良質な原藻産出国であるモロッコ、ポルトガル、スペイン等で次第に盛んになり、日本の指導によってチリーやアルゼンチンでも良質の寒天が造られるようになった。

 全世界の生産量は推定8500トン、角寒天は400トン内外にすぎない。

寒天の溶液(ゾル)が冷却によってゲル化する時の温度を凝固点と言い、凝固したゲルが加熱によって再溶解する時の温度を融点と言う。
 寒天の凝固点は33℃~45℃、融点は85℃~93℃が一般的である。このように凝固温度と融解温度が異なることをヒステレシス(Hysteresis)と呼び寒天の大きな特徴となっている。
 寒天の凝固点・融点に影響をあたえるものとして、濃度、塩類の添加、糖類の添加等があげられる。特殊な寒天の中には融点が79℃のものや98℃以上の高融点のものもある

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